有名な選手やチームを広告塔にできなくなった話

僕は自分がサポートしていた選手やチームを広告塔として使った事がない。


知り合いには変なプライド捨てて使えば良いのに、と言われたりする。まあそうだよな…お互いメリットがある形にすればいいだけだよな、と思う一方で、やっぱりそれはできない自分がいる。


そうしないのは、別にプライドがある訳じゃないし、そこに何か美学を見い出している訳でもない。


でも一つだけ、理由がある。今回はそんな話。


「太陽の塔の内壁には無数の無名な人々の顔写真が飾られている」という話を聞いた事があるだろうか?


太陽の塔って大阪の千里にある、風車みたいな太陽の、あの変な塔だ。


あれを作ったのは岡本太郎さんという芸術家で、僕はその作品に不思議な情熱を感じるのでかなり好きだ。


その岡本太郎さんが、なぜ太陽の塔の内壁を世界中の人達の顔で飾ったのか?


太陽は言わば世界の主役だが、その世界には無数の「無名」な人々がそれぞれの人生の主役として、それぞれの人生を生きている。


だから、世界の主役である太陽の塔の内側は世界中の無名な人々の顔で埋め尽くしたい。


そんな想いがあったという。


それを聞いた時、強烈に感動すると同時に、何かすごく、納得した。


自分が関わる人達、有名人だからと言ってそのサインや写真を店内に飾ったりして、いいのか?今日来たお婆さん、有名ではないけれど毎日練習を頑張る高校生、子育てに追われるお母さん、全然有名じゃないアスリート、そんな人達と有名人の何が違うのか?


それぞれが、それぞれの毎日を懸命に生きている…提供するものだって、有名だろうが無名だろうが、何も変わらないじゃないか…


その話を聞いて以来、僕は「有名人に関わっている俺ブランディング」ができなくなってしまった。


初めて桜上水で整骨院を出した時、最初は知り合いの選手がほとんどで、新規の来院が少なくて苦労した。何度壁にサインを書いてもらおうか、SNSで写真をアップしてもらおうかと思ったか知れない。


でも、そうしようとするといつも頭の中で岡本太郎さんの話がこだまして、太陽の塔のあの変な顔が浮かんできて、結局いつもそういうお願いをする言葉を飲み込んだ。


今となっては、それで良かったと思っている。そのおかげで、外にある何かに頼らずに前に進む術を学ぶ事ができたから。