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震災の時

更新日:2022年6月22日

もう10年近く前になる東日本大震災の時、僕は京都ハンナリーズというバスケットボールチームでトレーナーとして働いていた。今やB1リーグの一角を成す立派なプロ球団だ。


試合中止が続々と決定されるなかで、選手とトレーニングしながら京都テルサの吊り下げTVで観た千葉コンビナートの大規模火災は、忘れられない衝撃だ。


その光景を目の当たりにして、僕はスポーツに関わる事の無力感、豊かな社会に便乗して生きてきた無力感、そしてこれからも豊かな社会に便乗して生きていこうとしている自分への無力感を、まざまざと突き付けられた気がした。


不安な神奈川の父母のもとにも帰れない。修行して帰ると約束したチームのもとにも帰れない。いつか楽をさせると旅立った妻のもとにも帰れない。誰かに寄付をする蓄えもない。被災地に行ってボランティアをする度胸もない。


当時の僕は、東日本大震災を前にして何も、何一つ出来なかった。


無力感ほど、人を苦しめる感情もない。


「自分にできる事をやろう」と思えど、できる事さえない僕は、ただただ無力を感じてシーズン終了までの時間を過ごした。


今、10年経ってまたこうした未曾有の状況が訪れている。何ができるのか、「成長」が試されている。


この10年、様々な事を学んだ。そこから言える事が一つある。


それは、金や仕事、地位、体面を失う事よりも志や希望を失う事の痛みの方が何倍も辛いということ。表面的なものなど、機を伴わず失ってもまた再び得る事ができる。だけれど、志や希望は、失ってしまえばそれで全てが終わってしまう。


今、当サイトの会員の皆様の中にも苦しみや不安の只中にいる方がいるのではないか。そんな苦しみの中でも、どうか「自分の心が楽しむこと」や「人と共有すると楽しいこと」を大切にして、忘れないでほしい。それは一隅を照らす志に必ずなる。それは志や希望の原型なのだ。


今、直接的に誰かの役に立つことはできなくても、「自分が楽しいこと」を追究する道で誰かを楽しませる事が必ずできる。希望を共有する事ができる。


震災から10年を経て、何をどれくらい成長できただろう?それを今、僕は試されている。


直接的に誰かの役に立てる事は少ないが、自分の出来ることで、人の心を楽しませたい。今はそれに集中したい。


2020年3月


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