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身体への理解

ウォルトディズニーが「天才」と呼んだクリエイターのマーク・デイビスさん、その天才の作品集を読んだ時にかなりの衝撃を受けた。


生きた人間への理解力、それを表現する力。単にキャラクターを創造するだけではなくて、建物や造形全てに彼の天才性が表れている。


僕は今までにジムのデザインも何件か担当した事があるけれど、その時に関わった空間デザイナーの方達の知見というのも同じくらい衝撃的だった。


人がどう感じるか。空間デザインはそれを追究している。色、形、空間、全てに意味がある。


これは本物のプロだ、すげえ…興奮して仕事をほっぽらかしていろいろ聞いてしまった事を覚えている。めちゃくちゃ刺激になったし、勉強になったし、自分の人間に対する理解の狭さを実感した。


筋や関節、それを学ぶ解剖学。身体の営みを学ぶ生理学。それらは当然大切で良く理解しておく必要がある。だけれど、それらはヒトを学ぶ上での一側面でしかないのも事実だ。にも関わらず僕らはその一側面に縛られ過ぎてしまう傾向がある。


今日、ジブリ美術館でフィールドワークをする機会に恵まれたけれど、生きている生物から機械まで、動きの理解に関して言えば、ジブリスタジオはプロ中のプロ、紛れもない天才の集まりだ。


指一本に至る動き、細やかな重心移動、微細な筋の緊張や弛緩。想像上の機械の機能的デザイン。


「形には意味がある」これを骨の髄まで理解できているんだと思う。


その世界まで、僕も行きたい。




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セミナービジネスをやっているトレーナーさんのほとんどが、ちゃんとトレーニングをしている訳でも、身体の扱いが上手い訳でも、臨床を突き詰めている訳でも、スポーツ現場で日々悪戦苦闘している訳でも、研究の大変さを日々感じている訳でも、パーソナルトレーニングを月300本やっている訳でも、新しい知見を創造している訳でもないんです。 知識の盗用・剽窃をして安易にお金を稼ぐ方法を知って、甘い汁を吸っているだけの人

もう20年もトレーナーという仕事をしていると、知り合いも同じ業界の人ばかりになってしまう。 でも、プライベートで同じ業界の人ばかりと関わっていると視野が狭くなってきてしまう部分がある。 なので、プライベートでは動物とか、空間デザインとか、建築とか、服飾とか、カメラマンとか、心理職とか、格闘家とか、植物の専門家とか、「トレーナー」という仕事とは直接関係ない人達と交流するようにしている。敢えてそうして

世の中にいろいろな仕事がある中で、トレーナーという仕事を選択する人というのはどこか常識に縛られないと言うか、ある意味では社会に適応的ではないと言うか、まあ簡単に言えば少しはまともじゃない所があると思う。 トレーナーの仕事を全うして社会的に成功して人生を終えたとか、幸福な一生を送ったという人は、ほとんどまだこの世にいない。 あと10年したらそういう人が現れてくるだろうけれど、今はキャリアパスやロール

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