男達の挽歌に教えてもらった事

何が起きたか、が人生を決めるんじゃなく、起きた事をどう解釈するか、が人生を決めていく。


予測不能な人生やビジネスの渦の中では様々な事が起きるが、それら自体には何の色もついていない。灰色にするか虹色にするかは、自分で決める事ができる。


男達の挽歌、というジョン・ウー監督作品の超ハードボイルド香港ノワール映画がある。


スーパーハードボイルド過ぎてほとんどの登場人物が2時間待たずに昇天するんだけれど、主人公の1人が凶悪香港マフィアの本拠地に単身乗り込む前にこんな事を言う。


「人間こそが神だ。全てを自分で決められる。」


メチャクチャかっこいい。確かこれを香港のどこかの神社、神を祀った像の前で言い放つ。神社に来てそんな事言うなよ…と高校生の頃の僕は思った記憶がある。


何が起きるか決める事はできない。だけれど、起きた事が何なのかは、自分で決める事ができる。


生きて行くのは大変だけど、それだけが唯一の救いなんだといつも思う。

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