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狂気であれ-吉田松陰の言葉-

世の中にいろいろな仕事がある中で、トレーナーという仕事を選択する人というのはどこか常識に縛られないと言うか、ある意味では社会に適応的ではないと言うか、まあ簡単に言えば少しはまともじゃない所があると思う。


トレーナーの仕事を全うして社会的に成功して人生を終えたとか、幸福な一生を送ったという人は、ほとんどまだこの世にいない。


あと10年したらそういう人が現れてくるだろうけれど、今はキャリアパスやロールモデルがまだ存在していないくらいにトレーナー業界は若いのだ。


それでもこの道を目指す、というのはやっぱりどこかで安定を志すよりも行き先も不明な冒険を楽しみたい人がこの業界には多いのだと思う。ゴールが曖昧でも旅を始めてしまうような人達、海軍に入るなら海賊になった方がマシだわ…と言う人達。そんな人が他の成熟した業界に比べて多いのだろう。


そういう蛮勇的な人生への向き合い方は常識を覆した何かを産むかも知れないし、風車に負けるドンキホーテになるかも知れない。


未来にどうなるかは誰にも分からないけれども、そういう生き方は何か「自分じゃなきゃわからなかった事」を解き明かす可能性があるし、冒険の姿が誰かに影響を与えていて誰かの道を照らす事があるかも知れない。


ゴールが明確じゃないとしても、冒険の道を楽しむ事はできる。最後は風車に勝てなかったとしても、それは他人が笑うような事でもない。ドンキホーテはもし他人に笑われたとしても気にしなかったんじゃないだろうか?風車にぶっ飛ばされながらも、実は結構幸せだったかも知れない。


まあそんな訳なので、「フリーランスのトレーナー」という荒野を行く人は、まともで賢いふりをするよりも、狂っていてバカである自分を認めて、もっと狂ってバカになって自分の生き方を全うすれば少し楽しくなるのではないかと思う。


吉田松陰の言葉に「諸君、狂いたまえ」と言うのがあるけれど、こういう業界に生きるなら、それくらいが丁度良いのではないかと僕は思う。


※全裸になって渋谷を疾走するとかそういう方向の狂気ではなく、やりたい事に全力で向き合う狂気という意味で捉えてほしい。それはそれで楽しいかも知れないが。





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