意識低い系として思う事

更新日:6月22日

意識高い人達と話をしたり飲んだりしていると、頻繁に「成長」というワードが出てくる。


僕は、休みの日は朝一でビールを飲み始めるくらい、もっと言えば休みの前日の夜から翌日の朝まで飲み続けたいくらい意識が低い人間だから、「日々成長するために昨日の自分を超える挑戦をしたい」とか、「一生学び続ける、それが僕らの仕事」とか言われると、自分のしょーもなさに若干焦る。「成功よりも成長が大切」とか言われると、もっと焦る。


でも、そういう話を聞かされると、「成長」って、「学び」ってなんだろう?という、いつものパターンで、「それって、そもそもなんだろう?」が自分の中で始まってしまう。


成長っていうのは内的なもので、自分の内部で起きる事だ。一方、仕事っていうのはクライアントの希望を叶えるという、自分の外にある事だ。


自分が成長するために、仕事をする。これって、普通におかしいんだよね。誰も、僕が成長するために仕事を依頼してくる訳じゃないからね。仕事をするのは、自分の成長のためじゃない。相手が望む結果を生み出すためだ。


もし僕が誰かに仕事を頼んで、その人が「この仕事を通じて自分が成長できると思いますので、本件承ります。学びをありがとう」とか言ってきたら、はい?…ってなるよね。君の成長のために仕事を依頼してるんじゃないんだよ…という話で。


もし家を建てよう!と思って建築士に依頼したら、「自分が成長するために、あなたの家を建てる依頼を受けますよ。学びをありがとうございます。」とか言われたら…えぇ?ってなる。タクシーに乗って「もっとドライバーとして運転が上手くなりたいから、今日はあなたを乗せますよ!この学び、毎度あり!」とか言われたら…どう思う?


そんな風に考えてみると、俺はお前の成長とか学びのためにいるんじゃねえよ!って言いたくなるよね。


「成長できる環境を選ぶ」とか、「成長を求めて仕事を探す」とか、「日々学び」とか、すごくカッコいい感じがしてしまうけど、実際には「成長」や「学び」を自分の外に求めているだけで、それって仕事的には全然ダメなんじゃないの?と、そもそも「成長したい人」的にそういう姿勢は一番ダメなやつなんじゃないの?と、意識低い系の僕は思う。


仕事を受ける時、それが自分の成長や学びのためかどうか?よりも、自分がその仕事を受ける事で、相手が最大の利益を得られるかどうかを考えてしまう。


意識高い人達との会話で「仕事を受ける時に自分の成長とか学びとかを優先するのは難しいな〜、仕事選べて羨ましいな〜」とか言うと、ダメダメ、そんなんだから成長も学びもないし、成功もできないんだよ、変える努力しなきゃダメ、と朝からビール派の意識低い僕は言われてしまう。


でもね、成長したとか、成功したとか、そもそも、そんな事は仕事をする上ではどうでもいいんだよね。自分の仕事を通じて顧客が満足してくれればそれでいい。顧客満足を追究した結果、要求や環境に磨かれて、その結果、いつか自分が少し成長した事を感じる。そんなんでいいんじゃないの?そして、それを積み重ねた結果、途切れる事なく仕事が舞い込んで成功していく。それが地上最強の商人なんじゃないの?


だから、最初から成長を求めて仕事を受けるなんて不誠実だよね、と余計な事を言って宴席で相手にされなくなってしまったりするんだけどね。


まあ、そもそも「成長」の定義が人それぞれ違うから、こういう話自体が不毛だったりするが…


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