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トレーナー自身もトレーニングをやり込む必要があるのか?とか

友達のトレーナーに、

「産婦人科医が女性でなくても出産を手伝えるように、トレーナー自身がトレーニングをしてなくても、ちゃんと理論を知っていればクライアントのトレーニングを指導できると思う」と言われた事がある。


そんな屁理屈をこねてトレーニングしない言い訳考える時間があるならトレーニングしろよ…と思うけれど、まあ確かに基礎の基礎的な事ならそれも通用するかも知れない。


とは言っても、自分がパーソナルトレーニングを受ける側だと仮定した場合、全然トレーニングもしていないようなトレーナーにお金を払ってサービスを受けたいものかね?


例えどんなに論文を読んでいようが勉強していようが、自分で実践する熱量を持ち合わせていないような人に資源を割きたくないと思う人がほとんどだと思う。


たくさん勉強して、たくさん実践して、そんな身体知をクライアントに上手に伝える。それ基本。


トレーナー自身がトレーニングをしなくてもいいかも知れないけど、単純に商売にならないよそんなのは。


だいたいそういう人達はセミナー屋とかSNS番長になりたがるんだよな。





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もう20年もトレーナーという仕事をしていると、知り合いも同じ業界の人ばかりになってしまう。 でも、プライベートで同じ業界の人ばかりと関わっていると視野が狭くなってきてしまう部分がある。 なので、プライベートでは動物とか、空間デザインとか、建築とか、服飾とか、カメラマンとか、心理職とか、格闘家とか、植物の専門家とか、「トレーナー」という仕事とは直接関係ない人達と交流するようにしている。敢えてそうして

世の中にいろいろな仕事がある中で、トレーナーという仕事を選択する人というのはどこか常識に縛られないと言うか、ある意味では社会に適応的ではないと言うか、まあ簡単に言えば少しはまともじゃない所があると思う。 トレーナーの仕事を全うして社会的に成功して人生を終えたとか、幸福な一生を送ったという人は、ほとんどまだこの世にいない。 あと10年したらそういう人が現れてくるだろうけれど、今はキャリアパスやロール

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