サービスをする側、受ける側

この何年かは、自己資金か何らかの資本を援助されてジムを出すという人達が多い。実際にそういう人達に相談されたりする事も多々ある。


話を聞いていてしばしば思う事がある。例えば月に会員さんが支払う予想単価の想定がジムの経営には必要になる。月3万円、月5万円、様々な単価設定がある。


最近は富裕層狙いが多くて、月3万円以上の月会費+パーソナルフィーのような設定はザラだ。


そんな話を聞くと、いつも同じ質問している。「君は月に3万円以上のサービスを継続的に受けた事、ある?」と。そう聞いて、「ある」と答えたトレーナーは、1人もいない。


「じゃあ、月3万円以上払って受けられるサービスって、君のジム以外にどんなものがあるの?」と聞いても、ほとんどのトレーナーが答えられない。


答えられないという事は、価格設定のステップを踏むときに「サービスを受ける側の利益」を考慮していない事を表しているし、「経営者側の都合」しかそこには反映されていないという事が露見している。


固定費、変動費の総和からして客単価は3万だ!ビジネスするなら金持ち狙いだ!みたい決め方をしていたら、ビジネスは長くは続かない。そもそも、そういう貧乏根性丸出しの商売にお金持ちは寄り付かない。


月3万円のサービスを買った事もないし、できない人間が、その重みも分からずダイエットブームに乗って安易に人から時間と金を奪おうとする。そういう風に見られたら、終わりだ。


例えば月3万円をジムだけに支払う人達が、どんな年収、月収で、どんなライフスタイルを送っているのか?どんな所に住んでいるのか、どんな車に乗っているのか、どんな服を買って、どんなところでご飯を食べるのか?どんな仕事をしているものなのか?そういう人達は何にお金を支払うものなのか…そういう事を知ろうとする努力は大切だ。


客観的に自分の提供するものの価値を考える事はとても大切なんだと思う。安くてもいいものもある。高くてもダメなものもある。価値と値段が釣り合えば、単価は高くても実際には安いものもある。単価が安くても、価値がないものは実際には高くなる。


サービスの価値を知るために1番手取り早いのは、自分でいろいろなサービスを受けてみる事だ。しょうもないパクリ高額セミナーに高い金を払うくらいなら、リッツカールトンに泊まる方が勉強になる。


なんて言うと、あまりいい顔はされないんだろうけど。


最新記事

すべて表示

心理学部の授業が始まる。 コロナのおかげでオンライン化が進んだからなのか、授業開始も柔軟みたいだ。 率直に言って、結構ビビっている。 新しい山にゼロから登るのは不安だし、心理という山に、「身体」という山に登る時のこの気持ちを同じように持つ事ができるのかも分からない。 2年くらい前に公認心理師という国家資格ができて、これを受験するには修士課程にまた行く必要がある。資格コレクターじゃあるまいし、そこま

「自己家畜化」というワードがある。 現代のヒトの生き方は究極的には家畜であるし、自ら望んで家畜化している。むしろ「社会」は家畜同士の合意で成り立っているという考え方だ。 経済という餌のもと、定期的に配布される賃金という名の餌、労働によって決定される居住や出産、死。それは究極的には家畜化と大差ない。定期的に放牧される家畜とヒトの違いは、そんなに大きくないのかも知れない。と、言うのが「自己家畜化」の考

「生きながら、生かされている」という話を、高校生の時に聞いた事がある。 正直言ってその頃はちょっと何言ってるか分からない…と思ったけれど 「誰かに勝つ」「目標を達成する」と決意してオラオラァ…と事業や学問に邁進するうちに、「あいつに勝つとか、もはやどうでも良いわ」とか、「目標達成したけどもっと高い山が見えたわ。まだ全然だ俺…」という井の外を見た蛙、茹でられ始めた事に気付いた蛙になる時が、ちゃんとや