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いろんな「命」

生まれる時、「生命」を得る。


生まれる場所、時代、親、これらは全て選ぶ事ができない「宿命」だ。


それぞれが生まれた環境で生きていくうちに、人や機会との出会いが運ばれてきたり、自ら動いて機会を得る事もある。これを「運命」と言ったりする。


運命的な人や機会と出会ううちに、、何に限りある命を使うか、何のために生きるのかに気付いて、「使命」を発見していく。文字通り、命を何に使うのか、明らかになる時が来る。そしてそれがさらに「運命」を加速させていく。


使命に気付いて、限られた生命の時間を毎日「必死」に生きて運命を重ねていくうちに、抗えない時代の波やコントロール不能な天災、または九死に一生を得るようなイベント、信じられないような奇跡といった「天命」に遭遇したりもする。


そんな風に日々に自分の命を生きて、やがて満たされながら終わりを迎える。これが祝福された最期、「寿命」。「絶命」と言う言葉もある。


そして地面に還って水や土、空気に還元されて、地球に戻っていって、いつか何かの命の一部になる。これが本来の仏教が言う「輪廻」だったりする。


「命」の中で、最も大切なのは「使命」だと個人的には思う。


僕らはみんな生きている。そしていつか死ぬ。

いつ生まれて、いつ死ぬのか、なぜか命の主人公の僕らには選べない。これだけは真に公平で、全ての命に共通だ。


選べるのは、「何に命を使うか」だけだ。

学び、経験し、失敗し、成功し、自分の命をどう使うのか決めていく。命の決定力的なものが、めちゃくちゃ大切だと思う。


他人の言う事やありもしない常識に自分の命を預けずに、自分の心と身体で命の使い方を決められれば、後悔のない生き方ができるんじゃないだろうか。


いつかどうせ地球の一部に戻るんだから、良い命の使い方をしたいな、といつも思う。







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